黄斑部疾患の治療法
網膜には視細胞と視神経だけではなく、酸素や栄養素を供給する血管などにも富んでいます。それらはまとめて「眼底(がんてい)」と呼ばれています。
極めて繊細なつくりをしている眼底は、老化や生活習慣病などが引き金となって、血管などにトラブルが生じやすいです。
現在の医療において眼底疾患は、抗VEGF療法とレーザー光凝固術で治していくのが主流です。
抗VEGF療法とは
ほとんどの眼底疾患は何らかのトラブルによって、眼底部分に酸素・栄養素を供給する血管が詰まる、または狭くなることで発症します。血管が詰まるようになると、目の組織は酸欠・栄養不足に陥ってしまいます。酸欠・栄養不足に陥ったままでいると、身体は足りない酸素・栄養素を得ようと、新生血管を作り出します。新生血管は通常の血管より脆くて破れやすいため、すぐ閉塞や出血が発生してしまいます。
近年の研究結果では、この新生血管の発生と成長を促進させている原因が、「VEGF(Vascular Endothelial Growth Factor:血管内皮増殖因子)」という物質だと報告されています。そこで、このVEGFの働きを抑える成分が入っている抗VEGF薬(製品名:ベオビュ、ルセンティス、アイリーアなど)が開発されるようになりました。
抗VEGF薬は目の表面から硝子体腔に、極細の針を使って注射する方法で注入されます。抗VEGF薬のおかげで、新生血管の発生と成長を食い止めることができるようになりました。また、血液と栄養などの成分が漏れ出るのを防ぐ上でも、抗VEGF薬は有効です。
糖尿病網膜症や加齢黄斑変性、網膜静脈閉塞症、近視性脈絡膜新生血管(病的近視における脈絡膜新生血管)、血管新生緑内障などの疾患を治す上でも、よく使われている薬です。
レーザー治療(光線力学療法、PDT)とは
黄斑部疾患には、抗VEGF療法が最近は主流ではありますが、その薬剤が開発される前にはこちらの光線力学療法が主流でした。
黄斑部は視力に大切な部分ですので、黄斑部に発生した病変には、直接通常のレーザーを照射する事は出来ません。その為、光線力学療法(PDT)という特殊なレーザー治療を行います。
光に反応し易い薬剤を点滴しまして、黄斑部の正常な部分は傷つけてないレベルの弱いレーザーを照射します。
それにより、新生血管などの病変部のみを治療します。
当院では行っていない治療法ですので、もし光線力学療法が必要と思われます患者様には、その設備のあるご病院にご紹介をさせて頂きたいと思っております。
抗VEGF療法の対象疾患について
現在では、糖尿病網膜症と加齢黄斑変性と網膜静脈閉塞症、病的近視における脈絡新生血管、血管新生緑内障に対して、抗VEGF療法が行われています。
糖尿病網膜症
糖尿病は身体のあらゆる部位に、トラブルを招いてしまう生活習慣病です。糖尿病網膜症は、糖尿病腎症と糖尿病神経障害と並んで、糖尿病の三大合併症の一つです。糖尿病網膜症は成人の中途失明原因の上位を占めている、恐ろしい合併症です。
高血糖状態によってドロドロになった血液が網膜付近の毛細血管に流れると、血管瘤が作られたり血管が詰まったり、破れて出血を起こしたりします。この状態が続くと網膜周辺の組織に酸素や栄養素が供給できなくなり、酸欠・栄養を補おうと新生血管が作られます。非常に脆い新生血管から出血を起こし、成分が漏れ出ることで、網膜の組織にダメージを与えてしまい、視力に悪影響を及ぼすようになります。
さらに悪化すると新生血管は硝子体内にまで伸びてしまい、硝子体出血や網膜剥離を引き起こします。また、緑内障を合併すると、急激な視力低下が起こるリスクも生じます。この状態が続いて進行すると、失明に至る可能性もあるため、大変危険です。
糖尿病網膜症の症状
糖尿病網膜症の進行スピードは遅く、初期の段階では自覚症状に乏しいです。しかし、進行するにつれて。以下のような症状が現れるようになります。
- 視界が少しずつかすんで見える
- ものがゆがんで見える
- コントラスト感度が低下し、ものが鮮明に見えなくなる
糖尿病網膜症の治療
まずは糖尿病の治療を行っていただきます。網膜症の治療法は大きく分けると、投薬治療と外科的治療の二種類あります。投薬治療では、抗VEGF薬やステロイド薬などを用いて、外科的療法ではレーザー光凝固術や硝子体手術などを実施します。
抗VEGF薬を用いた糖尿病網膜症の治療
新生血管の発生・成長を抑えながら、出血やむくみも改善させる働きがある抗VEGF薬を硝子体内に注射します。これによって病変部の進行を食い止め、視力回復を狙います。眼底の出血が抑えられるため、網膜のむくみを改善する上でも有効です。
加齢黄斑変性
黄斑は網膜の真ん中に位置していて、視細胞や視神経に富んでいる組織です。ものの大きさや形状、立体感、距離感、色などを判別する働きをしていて、ものを細かく見る上では必要不可欠です。加齢黄斑変性とは、老化によって黄斑がダメージを負うことで、大幅な視力低下を招く疾患です。進行すると失明に至る危険性もあります。
加齢に伴って黄斑の性能が少しずつ衰えて視力低下を引き起こす「萎縮型」と、加齢などの原因で網膜の血管に異常が発生し、それによって新生血管が増えて出血したり、血液やその成分が漏れ出て黄斑に障害をおこしたりする「滲出型」の二種類に分けられます。
加齢黄斑変性の症状
黄斑に障害が起こると、大きさや形状、距離感、立体感、色を認識する機能に障害が起こります。そのため、以下のような症状が現れるようになります。
- 視野の真ん中が見えにくくなる
- ものがゆがんで見える
- 視野が欠ける
- 色を正しく認識できなくなる
完全に視界が真っ暗になるのではなく、光は感じていても識別・認識能力がなくなってしまうため、黄斑疾患による視力低下は「社会的失明」と呼ばれています。
抗VEGF薬を用いた加齢黄斑変性の治療
抗VEGF薬を硝子体内へ注射していきます。
抗VEGF薬が開発される前から、色々な治療法が行われてきたのですが、新生血管の成長を抑制させる効能を持ち、むくみや炎症も改善させる働きのある抗VEGF薬が開発されてからは、加齢黄斑変性の予後は今までと比べて各段に良くなっています。
網膜静脈閉塞症
網膜中心静脈と網膜中心動脈は視神経の中を並行して走っていて、視神経乳頭という場所で枝分かれして細い血管となり、網膜へ広がっています。網膜周辺には血管や組織がかなり密集しているため、網膜に入っていく動脈と静脈はお互いくっついている状態です。その部分で動脈硬化が起こってしまうと、触れ合っている静脈も影響を受け、血栓ができ、静脈にも詰まりが生じてしまいます。この血栓によって血管が破れて出血を起こしたり、成分が漏れ出したりすると、網膜浮腫や出血を起こします。
高血圧症や糖尿病、慢性腎臓病(CKD)などの基礎疾患がある方は特に、動脈硬化が起こりやすい傾向があります。また、血管は歳を重ねるほど衰えてしまうため、高齢者の方も動脈硬化のリスクは高いです。
網膜中心静脈が詰まった状態を「網膜中心静脈閉塞症」といい、発症すると眼底全域に大きな悪影響を及ぼすことになります。また、網膜内で枝分かれした部分が閉塞した場合は「網膜静脈分枝閉塞症」といいます。この場合も、網膜の真ん中に位置する黄斑部で閉塞が起こると、視力に大きな悪影響を与えるようになってしまいます。
網膜静脈閉塞症の症状
網膜の真ん中にある黄斑で出血やむくみが生じると、視細胞が損傷した部位に以下のような症状が現れるようになります。
- 視力低下
- 視野が欠ける
- 目のかすみなど
現代の医療では、視野を元に戻す治療法はありません。そのため、40歳を超えた方は、定期的に眼科へ受診し、眼底検査などを受けて良好な視力を保つようにしましょう。早期発見・早期治療に努めることで、重症化を防ぐことができます。
抗VEGF薬を用いた網膜静脈閉塞症の治療
抗VEGF薬を硝子体内へ注射し、眼底の出血と網膜のむくみを解消させていきます。病変部の進行を食い止めるだけではなく、視力の回復にも期待できます。
病的近視(強度近視)とは
本来、角膜から入った光は網膜の上にピントを結びます。しかし、何らかの理由で網膜よりも手前にピントが結ばれてしまい、像がぼやけて見えるようになることがあります。この状態が「近視」です。近視は、角膜から網膜の中心までの距離(眼軸長)が通常より長くなってしまうことで起こると言われています。
病的近視(強度近視)とは、この眼軸長が極端に伸展することで起こる近視です。通常の眼球の形は球形に近いのですが、病的近視になるとラグビーボールのような形に変形します。そうなると、狭い眼窩(がんか)の中で眼球が奥に向かって伸展するため、前眼部や眼底部にも負担がかかってしまいます。その圧力に耐えかねて眼底では、脈絡膜(みゃくらくまく:網膜の外側にある組織で、細胞などに栄養素を送り、眼球に余計な光が入り込まないようにする役割を担っています)などに影響が及びます。
そうなると、眼底の一部が圧力に耐えきれなくなり、凸状に突出してしまったり(後部ぶどう腫)、網膜の一番外側にある網膜色素上皮が裂けてしまったりします。
そこで血管が障害されて新生血管もつくられ、新生血管によって網膜に悪影響が及ぶようになってしまいます。
病的近視は、日本人における視覚障害の原因疾患の第5位を占めている疾患です。また、日本だけではなく、海外でも患者数は多いです。
病的近視の症状
病的近視が悪化すると、以下のような症状が現れるようになります。
- 視力低下
- ものがゆがんで見える
- 飛蚊症(黒い点のようなものが視界に浮いて見える状態)
- 光視症(視界の一部に光が走る状態)
- 視野の真ん中が見えにくくなる
上記のような症状が現れる理由ですが、軸長が伸展してしまった眼球の圧力に、網膜周辺の組織が耐えきれなくなるからです。このような症状が見られた場合、黄斑浮腫や網膜剥離、網脈絡膜萎縮(網膜と脈絡膜が引き伸ばされて薄くなり、圧力に耐えきれなくなることで萎縮してしまう状態)などが生じています。
さらに新生血管が増えると、最悪の場合失明してしまう可能性もあります。早めに適切な治療を受けることが重要な疾患です。
抗VEGF薬を用いた病的近視(強度近視)の治療
先述してきた疾患と同様、抗VEGF薬を硝子体内に直接注射し、新生血管の成長を抑制させて眼底の出血を解消させます。網膜のむくみが緩和されることによって、病変部の進行を止め、視力を回復させていきます。